思春期における歯科保健
1.はじめに
2002年に制定された健康増進法には、国民の責務として「生涯にわたって自らの健康状態を自覚するとともに、健康の増進に努めなければならない」としています。このためには、自らの健康を維持し、将来の生活習慣病予防のために自己健康管理習慣を早期に身につけることが必要であります。しかし、思春期における保健指導時間をみると、それまでの小中学校における場合と比べ、一段と減少する傾向にあります。とりわけ、歯科保健指導となるとさらにその傾向は顕著で、平成17年歯科疾患実態調査でもDMFT(う蝕罹患率)が12歳で1.73であったものが、13歳で2.58、14歳で3.29、15~19歳では4.40と急増しています。そして、これらの原因として高等学校以降における部活や課外活動などが活発になるためと考えられているが、「他律的健康づくり」から「自律的健康づくり」へと移行していくには、自立的な生活習慣形成がきわめて大切であることはいうまでもありません。
さらに、歯と口腔の健康を保つための生活習慣形成は、喫煙、ストレス、感染症、心理・精神面など全身的リスクファクターを避けるためにも有効な手段と考えられます。そこで、主として思春期に特有な歯科的問題を以下に掲げました。
2.保健管理の課題と対応
1)思春期性歯肉炎
思春期性歯肉炎は浮腫性の発赤を特徴とし、妊娠性歯肉炎と同様、女性ホルモン関連性歯肉炎ともいわれています。その発生機序は思春期や妊娠時にプロゲステロンやエストラジオールが歯周ポケット中に混入し、それらによって細菌(prevotella intermedia)の発育が促進されます。この菌が歯周局所に激増すると歯肉に出血と浮腫を伴う症状が現れます(図1)。また、本症の発現には口腔清掃も深く関与しており、対応としては、この疾患を理解し、従来のう蝕予防に加えて、歯周ポケット内清掃の必要性を自覚することだと思います。
2)歯列不正
この時期における歯と口の発育程度は永久歯が完成し、同時に顎の発育もほぼ完成します。さらに、第三大臼歯(親知らず)が萌出し始め、なかには智歯周囲炎を起こす人もあります。すなわち、各自に歯列・咬合の個性が確立される時期でもあります。一方、平成17年歯科疾患実態調査でも明らかなように、この時期に歯列不正すなわち叢生やオーバージェットの出現が多くみられるようになります。そして、これらの歯列不正は咀嚼・発音はもとより、審美的にも影響を及ぼすこともあります。したがって、口腔習癖がある場合は、早期にその排除を実行し、また、専門医への相談をすることが重要であります。 事実、思春期に矯正科を訪れる患者さんも多く、咬合誘導などの治療にも適当な時期と思われます。
3)顎関節疾患
思春期は健康上の問題よりも、受験・勉強の悩み、異性間との悩み、友人間の悩み、保護者との関係など様々な問題をかかえています。顎関節疾患はこの様なストレスやプレッシャーが原因で発症することも多い。平成17年の歯科疾患実態調査においても、「顎関節に痛みを自覚する者の割合」は15歳~19歳までが全ての年齢階級のなかで最も多くみられました(表1)。一方、本疾患のため高校生が受診する頻度は全体の5.0%程度と報告されています。また、タイプ別では顎関節円板障害がおよそ80%を占め、男女別では全体的に女子に多い傾向があます。対策としましては、ストレスなどによる過度の噛みしめを防いだり、咀嚼指導などの生活指導があります。
思春期の生徒や学生の多くは、上記悩みの相談相手を保護者以外に求めてくるのが一般的です。歯科医として適切な機会と判断したときは、人間的なアプローチを心がけながら、積極的に聞き取ってあげることも必要かと考えております。
表1 顎関節に痛みを自覚する者の割合
※ 口を大きく開け閉めした時、あごの痛みがあるかという質問に「はい」と答えた者の割合
(%) |
||
年齢階級(年) |
男 |
女 |
15~19 |
9.3 |
12.3 |
20~24 |
4.3 |
1.7 |
25~29 |
2.8 |
1.9 |
30~34 |
1.0 |
8.5 |
35~39 |
8.6 |
9.4 |
40~44 |
4.1 |
5.2 |
45~49 |
1.1 |
6.1 |
50~54 |
2.9 |
5.2 |
55~59 |
0.6 |
4.8 |
60~64 |
2.1 |
2.5 |
65~69 |
2.4 |
3.8 |
70~74 |
0.9 |
2.6 |
75~79 |
0.7 |
0.5 |
80~84 |
1.5 |
1.0 |
85~ |
- |
2.2 |
4)口臭
口臭は見えない審美といわれ、みずからの口臭についてコンプレックスを抱き、対人関係に支障をきたしている場合もあります。つまり口臭は個人的、社会的関心事であり、その80%は口腔環境が関与していることが指摘されています。なかでも歯周病とは密接な関連性があり、事実、口臭の発生は加齢とともに増加します。しかし、前述のごとく、思春期の女性にとっても女性ホルモンによる歯周病から歯周ポケットを生じ、口臭を発生することもあります。このことは、その原因菌であるPrevotella属は他のグラム陰性嫌気性細菌やスピロヘータと同様、歯周病細菌であると同時に口臭産生菌でもあり、揮発性硫黄化合物(CH3SH)を多く産生するためと理解されております。
そこで、軽度の歯周病を有した学生を対象に、ブラッシング指導一週間後及びスケーリング二週間後の歯肉の炎症症状と口臭を調べたところ、炎症と口臭が同時に改善することが確認されており、口臭予防には持続的なブラッシングにより、歯周ポケットや炎症の改善が不可欠と思われます。ところが、最近の中高生には朝食もとらず、歯も磨かずに登校する生徒が増えているといわれています。口臭の日内変動は、図2に示すように朝起床時が最も強い。つまり、朝食抜きや不規則な食生活は口臭を強くする原因となっているのです。
5)スポーツ外傷
高等学校・大学では、小・中学校に比べ、課外活動がより活発となり、コンタクト種目も増え、その衝撃もより激しいものになります。そこで問題となるのは外傷の発生です。なかでも歯牙障害が最も多く、全体の約半数を占めます。損傷部位ではその約50%が上顎中切歯に発生するといわれています。また外傷の内容としては、歯牙破折が最も多いようであります(図3)。
男女別発生状況では、はやり2:1で男子が多いという報告があります。そこで大切なのは外傷時の初期対応であり、予後に少なからず影響を及ぼします。
さらに大事なことはこれら外傷の予防であります。歯の破折や脱臼に関しては、マウスガードによって防げる事例が多く、より積極的に採用すべきと考えられます。マウスガードの詳細に関しましては本HPスポーツ歯科の項に譲ります。
図3
6)喫 煙
近年、喫煙が各種疾患のリスクファクターとして、健康に大きな悪影響を及ぼすことが提唱されています。わが国の男性喫煙率も1975年には約80%であったが、2002年には49.1%まで低下しました。さらに、2003年5月に施行された健康増進法により、駅、学校および病院など公共施設での禁煙が広がっております。一方、未成年者(高校3年生対象)の喫煙行動に関する厚生労働省研究班の調査結果(2005年)によれば、2000年は37%が経験ありと答えたが、2004年にはその割合は21%に減少いたしました。
また、最近では、喫煙が歯周病のリスクファクターとして注目されるようになっております。例えば、歯周病治療の結果、非喫煙者では歯周病原菌が減少するが、喫煙者では、依然として多くの歯周病原菌が存在していることや、喫煙者では歯周病細菌の病原性をより強く受けるなどの報告もあります5)。しかし、その関連性についての認知はまだ十分とはいえません。特に、若年者ほど喫煙の歯周病に対する影響が大きいことから、歯周病予防のためにも、禁煙や防煙が重要であること
7)摂食障害
一般に拒食症や過食症などの摂食障害は、客観的には捕らえにくく、外来受診よりも学校健康診断においてその兆候が発見されやすいといわれている。なかでも"思春期やせ症"の患者はこの10年で約4~5倍に急増している(厚生労働省)。思春期の女子に限れば、50人に1人の割合で発症していることとなる。また、高校生で"やせたい"と思っている者の9割は女子である。さらに、このうち半数はかなり痩身願望が強い傾向にある。女子の場合、成長曲線を一定の基準以上に外れるような著しい"やせ"は骨量の減少や不妊など将来的な健康に深刻な影響を及ぼすことが懸念される。そこで、予防策としては精神保健の視点からのアプローチが必要と考えられる。実際、普通の高校生を対象とした調査で情緒的傾向(他者意識度)の高い者ほど摂食障害のリスクが高いという報告がある。すなわち、自分が"太っている"と評価(図4)する根拠として「他人と比べて」が65.8%と高率を占めている。このような背景を踏まえ、健康診断時における不自然な体重減少や脈拍数が60回/分未満の兆候が認められた場合は、要注意と判断されよう。
3.思春期歯科外来へのアプローチ
以上に掲げた思春期の歯科保健に係る課題はおおむね生活習慣が原因となっています。課外活動や受験勉強などによる生活習慣の乱れやストレスにより、口腔内環境が劣悪になったり顎の機能障害を発症する場合も少なからずあります。よって、この時期にう蝕の多発や顎の機能障害が生じたとき、その背景にあるものを分析、洞察する必要があると考えられます7)。
咀嚼の問題に関しても、高校生24,316名を対象に行った調査では、1口に30回以上咬む人は積極性、我慢強さ、精神安定性が咬まない人と比べて優れていました。また、咀嚼習慣が確立されていないグループでは生活環境が多忙で不規則、体調不良や抑うつ感を訴えることが多かったとの報告もあり咀嚼教育の重要性も感じられます8)。
さらに、肥満及び朝食の欠食による学習効果の低下などを考慮いたしますと、食生活の改善はきわめて大切だと思います。
4.学校歯科医ボイス
我々大阪府学校歯科医会(府学歯)は毎年府下の小学校6年生及び中学1年生を対象に一人平均DMF(ウ蝕経験)歯数並びに口腔状態調査を実施いたしております。その結果、平成20年度小6のDMF歯数は1.01(昨年度1.12)、そして、中1の場合1.44(昨年度1.51)でありました。それぞれ昨年度よりウ蝕経験者数は減少しており、さらに、この傾向は12年間継続いたしております。ちなみに、平成19年度文部科学省の12歳児対象調査では1.60でありました。過日、大阪府下の子どもたち(小5、中2)の学力、体力は全国平均を下回るとの報道がありましたが、ウ蝕経験者数に限っては全国平均と比べ、より良好な結果が得られました。
私たち学校歯科医は今後もさらにこどもたちの歯・口の健康を通じ、健康教育の担い手として鋭意努力を続けて行きたいと思います。
なお、詳しくは4月以降の府学歯ホームページhttp://www.fugakusi.jp/をご覧ください。
文献
1) 外山恵子 森田一三 中垣晴男ほか 「高校生 歯・口腔の健康づくり得点」の作成、第49巻、第3号、学校保健研究、2007、199-208.
2) 奥田克爾:デンタルプラーク細菌の世界-その病原性とミクロの戦い-医歯薬出版、東京、1993、126―127.
3) 安井利一 丸山進一郎:学童期の顎関節診断と対応、 永末書店、東京、2006、93-94.
4) ライオン歯科衛生研究所:歯周病と全身の健康を考える -新しい健康科学への架け橋-、医歯薬出版、東京、2004.
5) 社団法人 日本学校歯科医会、学校歯科医のためのスポーツ歯科医学 -子ども達が健康で安全にすごすために-、社団法人 日本学校歯科医会、東京、2003.
6) 赤坂守人ほか 小児歯科学、第三版、医歯薬出版、東京、2007、146-150.
7) 宮武光吉ほか 口腔保健学、第2版、医歯薬出版、東京、2003、175-178.
8) 上田 実 咀嚼健康法 -脳と体を守る- 中央公論社、東京、 1998、141-142.